世界各国、「輪廻転生」の考え方(3)

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西洋人が必死になるのは何故か

前ページで書いたように、西洋では「転生」という現象を真剣に受け止め現実のこととして研究している人が多くいます。

否定するにせよ肯定するにせよ、彼ら西洋人は目を血走らせて研究し、口角泡飛ばして議論します。

その必死さは日本人など東洋人から見ると少し奇異にも映ります。

子供の頃からファンタジーとして創作などで浴びてきた物語を、大の大人が必死で否定したり肯定したりする姿は幼稚に思えてしまうわけです。


しかしこれは西洋人が、人間が本来自然に抱いているはずの思想をキリスト教という宗教によって一度無理やり奪われたために必死にならざるを得ない、ということだと思います。

思想を奪われたことのない東洋人には、転生を現実として捉えるなど一生気付くことの出来ない発想だったと言えるでしょう。



現代の転生研究者たち

転生現象を科学で解明しようとした研究者として有名なのは、米国精神学科教授イアン・スティーブンソン博士とその研究グループです。

彼らは長年にわたり世界各国の「前世の記憶を持つ子供たち」の事例を集め、検証をしたうえで著書にて発表しています。

(参考書籍紹介は記事下)


スティーブンソン博士は事例を紹介するにとどめ、「転生現象は実在する」という結論を出すことは保留していますが、

「これだけの事例が揃えば他の研究分野では当然に結論を出せる。あまりに慎重に過ぎる」

とする批判が聞かれます。

実際、事例集め→検証(仮説と結果の一致)、という科学的なステップを踏んで証明しておきながら結論を出さないのは科学者としての責務を全うしていないと批判されても仕方がないでしょうか。

しかし西欧における転生思想への激しい敵対心、相手の思想を潰すためなら人を殺すことも辞さないといった暴力的な反発を考えれば、結論を出さないのも致し方なかったと思います。


いっぽう凄まじく勇気ある告白をしたのが、やはり米国の精神医学博士ブライアン・L・ワイスです。

彼は幼児期のトラウマを探る退行催眠という治療中、偶然に患者が前世の記憶へ退行してしまうという体験をしました。そこから患者の症状が劇的に改善したために、“前世療法”という治療法を考案、現在に至るまで多くの患者をこの治療法で改善させています。

その時の体験は著書の中に詳しく記されています。


キリスト教徒であるワイス博士は、始めはもちろん転生現象など信じていませんでした。

“前世療法”という治療についても半信半疑で、

「前世の記憶という脳が作り出したストーリーで改善するなら、それも良し」

と考えていた程度だったようです。

しかし治療を重ねていくうちに、どう考えても現実の前世の記憶としか思えない事例に幾つも遭遇していき、最終的に現在では転生現象を信じて治療を行っているようです。

(初期の著書では、このあたりの衝撃と戸惑いが率直に書かれていて面白いです。内容を信じるにせよ信じないにせよ、『前世療法(1)』は特に名著だと思います。ご一読をお奨めします)


当然ながらこの人はキリスト教徒でありながら転生思想の信奉者となってしまったために、キリスト教世界では「頭がおかしくなった」等と白い目で見られているようです。


しかし著書を読めば彼が科学者としての冷徹な目を失っていないことは明らかです。むしろ科学者として宗教教義よりも事実の前に平伏さざるを得なかった、という印象です。ただただ純粋に科学者であろうとした勇気ある態度に拍手したくなります。


主な西洋の研究者についてのみご紹介しました。

このように西洋の科学者たちが「現実のこととして」転生現象を研究する態度は、真剣過ぎて東洋人から見ると不思議にも見えるのですが、その研究成果はとてもバカにして笑えるものではありません。



スピリチュアリズム

以上は学者により転生が科学的に検証された例です。

他に西洋で転生を信奉する集団として有名なのは、スピリチュアリズムを信奉する人々です。


スピリチュアリズムはイギリスにおいて発展した神秘主義のことです。

キリスト教世界において迫害され、長く地下に潜伏していたギリシャ系哲学の継承者たちが現代に蘇った神秘主義の一派のようにも思えます。


中でも最も有名と言えるのはシルバーバーチとその言葉を信じる人々でしょう。

シルバーバーチとは現実に生きた人物の名ではなく、イギリス人青年に交霊した霊が語った名だそうです。20世紀初頭、交霊術にふけっていた青年にある日降りてきた霊がこの名を名乗り、様々なことを語り始めたといいます。

彼は転生についてほぼ古代ギリシャの転生思想や、インドの輪廻転生思想と同じようなことを言っています。基本的に人の魂は個性を保って何度も生まれ変わるが、やがては卒業するというものです。


ただしスピリチュアリズムを推進する人々は、「前世の記憶を思い出すことの出来る人はキリストなどの選ばれた人間だけだ」と主張しています。このあたりまだキリスト教の影響を色濃く残している思想のようです。

(私はスピリチュアリズムに詳しくないので以下割愛します)



西洋人が転生を信じたことによる弊害

西洋人が宗教による抑圧を抜け出し、自由な思想を享受するのは喜ばしいことだと思います。


しかし東洋では輪廻転生を語る前にまず「因果応報」という厳しい考えが大前提として叩き込まれるのに対し、西洋では単に転生のファンタジックな面ばかりに注目されがちです。

このため西洋人が転生を信じることによる弊害も生まれてきました。


上の科学者たちは除外しますが、西洋人たちは転生と言えば「私は前世でお姫様だったのよ」といった甘い話をするだけで、過去の因縁を解消するために生まれて来るという因果応報の考えを無視しています。

「罪を犯した」「殺された」などと、むしろ暗い前世の話をするのが当たり前だった昔ながらの東洋思想とは正反対です。


ここ現代日本においても、祖母が孫に因果応報を教えるという伝統が崩壊してしまい、思想的には西洋の国へ近付いています。

伝統が崩壊したこの国で甘い前世物語が喧伝されたことによって、「来世があるから命なんて大切にしなくていいんだ」と思い込む小学生まで出て来ました。


子供だけならまだしも、二十歳を超えた大人までもが「輪廻転生は命を大切にしない思想だ」と口にしている。

ここまで東洋思想は廃れ、誰もが幼稚な時代になったのかと嘆かわしく思います。


それから「自分は前世で貴族のお姫様だったのではないのか」などという妄想の裏付けが欲しくて、医師や心理療法士の資格もない心霊カウンセラーのもとへ足繁く通う人も増えました。彼ら・彼女たちが通うところの中には危ない場所もあるでしょう。詐欺やカルト宗教への勧誘が心配です。



困った人たちの登場と、貴族・有名人への差別

いっぽうで、上のように「貴族」や「有名人」を名乗る人があまりにも増えてしまったために、ただ過去に貴族・有名人だったことがあると語っただけで差別(迫害)される風潮も出てきました。


もちろん、「貴族」「有名人」と名乗る人のたいていは嘘か妄想でしょう。

人口比率としてあり得ない数の人が「自分の前世は貴族である」と主張するということは、そのほとんどが嘘をついているという証になります。

「自分は有名人の生まれ変わりである」と名乗る人々も、宗教を興したいという明確な目的があれば嘘をついているのだし、そうでなければ無知であるが故にフィクションの夢にしがみついている可能性が高いです。


ただそういう人が多いからと言って、全てを嘘・妄想と決めつけるのも誤りです。


転生思想の研究者、ジナ・サーミナラは著書『愛と転生の秘密』で転生現象を事実であると肯定しながら、どういうわけか「貴族・有名人の生まれ変わりだけは事実ではあり得ない」と全面否定しています。

私はこの箇所に首を傾げざるを得ませんでした。

他を肯定しているのに、個別の検証もせずにただのイメージだけで「貴族・有名人だけは絶対あり得ない」と決めつけるのは非論理的ですし、明らかな差別です。


このような差別心は何故か転生思想を信じていない人よりも、信じている人のほうが強烈のようです。

思い込みだけで他人を犯罪者呼ばわりすることは刑法に触れる犯罪ですので気を付けていただきたいです。


少し冷静に考えてみましょう。

たとえば「貴族」という存在は歴史上現実としてありました。まことに残念ながら人類の歴史において寡頭社会は実在し、少数の特権階級が多くの庶民を抑圧した時代があったわけです。

仮に転生現象が現実にあると仮定するならば、前世で貴族だった人間は少数ながら必ず存在するはずです。

ですから、ただ貴族だというだけで一律全てを「嘘だ」と決めつけるのは論理的ではないでしょう。まして他の転生については肯定しているのに、「貴族」だけは無条件に否定するのは理屈が通らない。庶民は生まれ変わっても良いが貴族は生まれ変わってはいけないと主張するのはどう考えてもおかしい。


有名人についても同様です。

有名人とはいえ完全な人間ではないのだから、もし転生現象があるなら必ずまた修行のために戻って来るでしょう。

ただ過去に有名人だったというだけで転生が否定されるなら、うっかり有名となってしまった人は二度と絶対に生まれ変わらない、生まれ変わる権利がないと言っているのに等しい。

(それと、転生は何度も繰り返すものですから全ての人が過去に必ず一度は有名人だったことがあるはずです。つまり全ての人が有名人の生まれ変わりと言えます。有名人の生まれ変わりが許されないということは、100%全ての人の生まれ変わりが許されないということになります)


このような差別が一点あるだけで論理は破綻し、転生思想の研究そのものが崩壊します。

転生思想という十を肯定するためにはその中の一を含めて肯定しなければならない。九だけ是として一を認めないなら結論はゼロ(非)となる。


もし転生思想の研究を肯定的に進めたいなら、ぜひ冷静になって差別心をなくしていただきたいです。



「貴族」や「有名人」だった頃の前世記憶を語る人の言葉が嘘かそうではないかは、「貴族」や「有名人」に対する色眼鏡をはずして個別に検証していくことが必要です。

以下の点を特に気を付けて見るべきでしょう。


◆本人が現実の貴族の生活や、その有名人についての現実の知識に抵抗感を持っていないか(現実の知識を聞く耳を持つかどうか。フィクションの知識だけにしがみつき、フィクションを現実の前世だと強く主張する場合は妄想と考えられる)

◆その貴族および有名人の性格的なマイナス面(欠点)について理解しているか

◆その性格的なマイナス面を現在も受け継いでいるか(転生は欠点を直すための修行と考えられるので、前世のプラス面よりもマイナス面を受け継いでいるかどうかが重要。特に有名人の場合はプラス面だけに注目しがちなので注意すべき)

◆身近な人間関係において前世との共通項はあるか(前世の影響は特に家族や親友など身近な人間関係に出やすい)

【注記:イアン・スティーブンソン博士の検証では「前世で受けた傷の名残が体のどこかにあること」等を必須条件として挙げていたが、それらは全ての転生に当てはまるものではない。たとえば人にもよるが、語学などの知識記憶は死から転生までの期間が長ければ薄れることが多い(来世まで残るのは主に感情であって知識は残りにくい)。また体の傷は、仮に残り得るのだとしても前世で刃物等で物理的に傷つけられて死んだ人でない限り当てはまらない。】



個人的に思うこと

ここまで書いてきたように、現在は西洋の転生思想が弊害を起こしていることのほうが多いようです。


しかし本来は東洋と西洋、どちらの転生思想が良くて悪いということはないと私は思います。

私が個人的に真理だと感じ、共鳴するのは古代インドのウパニシャッド思想(輪廻転生)です。

ただそれにしても現世からいきなり段階を飛び越えて「アートマン」「ブラフマン」レベルを求めるのは無茶だと感じます。


我々は今、確かに現世に生きています。

個性というものがアートマンの触手に過ぎないのだとしても、現世においては否定しようのない個性があります。

いつかアートマンに還るまでの間、現世に近いところでは魂は個性を保って幾度も転生を繰り返しているのだと考えるのが妥当でしょう。

個性 →→→ アートマン、

この遠く離れた間をつなぐものこそ人間が本来抱いてきたシンプルな輪廻転生思想。

西洋人が純粋に信じてきて研究している、「現実としての転生現象」ではないでしょうか。

個を許容しなければ全体を理解することなど不可能です。


「現世は幻だ、個は存在しないのだ」

と叫んだところでいったい現実に何の役に立つのでしょう。

いつかは幻になるかもしれないと思ってみても、痛々しい現実が目の前にあることは変わらない。現世を生きていくためには、目の前のことを現実として受け止めて対処していく以外にありません。

その現実を生き抜くために足がかりとなり得るのは、まだ現世に近くて個を保っているシンプルな転生思想のほうと言えるではないでしょうか。



最後に自分の考えの移り変わりについて書いておきます。

私はもともと転生を信じる者ではありませんでした。

今でも手放しで輪廻転生を信じる者ではありませんが、子供の頃はむしろ全く「生まれ変わり」だの「転生ファンタジー」などを信じないほうでした。正直、生まれ変わりの話を好む他の子供たちをバカにして白い目で見てさえいました。

「肉体は死ねば分子に分解されてリサイクルされるだけだ。この世は幻であり、真理だけが魂だ」とずっと信じていたものです。(中学までの考えです。生意気な子供でした)


しかし否定しようのない体験を自分自身でしてしまった後は、転生を“現実”として考えたほうがこの世の事象に整合性が出て来るのではないか、と考えるようになりました。

物質や超物質の中心に真理が在り、全てはその一つの真理から生まれいずれ一つへ還る。だとしても、肉体に近いところではより肉体的な現象が繰り返されているはず。

それが輪廻転生現象であり、もしかしたら――いやたぶん本当に現実の現象として起きているのではないか。

今ではこう考えています。


思うに、転生現象とは多くの人が想像するような雲の彼方の神秘的な現象ではありません

それは拍子抜けするほど肉体に近い現象です。

つまり物質にとても近いところで起きているものです。

物質に近いということは、いずれ物理現象として科学的に証明することが可能ではないかということです。

今はまだ時期尚早だとしても未来には証明が叶うのではないでしょうか。

その時、「因果応報」も理解され人類の知性が向上するだろうと信じます。


吉野圭 著

http://fo.kslabo.work/

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吉野圭 -Yoshino Kei-

専業の占星術師ではありません。退行催眠で得た前世記憶をもとに、占星術で前世を照合する方法を調べています。詳しくは「このサイトについて」にて。著書は小説『我傍に立つ』『僕が見つけた前世』他 amazon出版中。